東京商工会議所の初代会頭であり、500を超える企業の設立に関わった渋沢栄一は、実に多くの言葉を残してきました。現代の経営においてもその言葉は力を持ち、不変の王道として、たゆまなくその意志をつなぐことが求められているのではないでしょうか。
このコーナーでは、東商新聞 で連載中の「渋沢栄一の言葉」を、順次紹介していきます。
資本家は王道をもって労働者に対し、
労働者もまた王道をもって資本家に対し、
その関係しつつある事業の利害得失はすなわち両者に共通なるゆえんを悟り、
相互に同情をもって始終するの心掛ありてこそ、
始めて真の調和を得らるるのである。【論語と算盤】:ただ王道あるのみ より
「我が社の最大な資産は人材」であると唱える企業が多いです。
ただ、貸借対照表の資産側には「人財」という項目がありません。
一方、損益計算書には人材の面影が見えます。人件費です。
つまり、財務諸表上、企業の最大な資産を削ることによって利益が向上して企業の価値が高まるという本末転倒な構造になっています。
短期的には利益が上がるかもしれませんが、企業の持続的な価値創造の側面では合理的な経営方針とは言えません。
財務諸表という企業価値の数値化は、便利なツールです。
ただ、財務諸表だけでは企業価値の王道は見えません。
財務諸表は相互の「同情」を排除した企業価値の可視化だからです。
ただ、資本家であろうが労働者であろうが、株主であろうが経営者であろうが、経営者であろうが社員であろうが、自社の企業価値を高めることに利害関係は一致しているはずです。
企業価値の創造に、それぞれがそれぞれの立場で同じ情熱を抱く会社は、世の中の変化に立ち止まることない強い会社です。
企業価値が高まれば社員は安心して働くことができます。
企業価値が高まれば株主は満足します。
企業価値が高まれば経営者の仕事が評価されます。
場合によっては、全体の持続的な価値創造のためには、個々が短期的な犠牲を払う場合もあります。
ただ、長期的な視野で創造する企業価値には、賃金アップという適切な先行投資が不可欠です。
(東商新聞2018年2月20日号 掲載)
まだ創設の時代であって、先進国の発展に企及し、
更に凌駕せねばならぬのであるから、
一般に一大覚悟をもって、万難を排し勇住猛進すべき時である【論語と算盤】:立志と学問 より
アニメ、コンビニ、電車、品質が高い製品、コツコツ真面目に働く日本人。
これらは、日本企業の経営者との意見交換会で日本に滞在する若手サウジアラビア人たちが示してくれた日本の魅力です。
他の湾岸諸国と比べると国の統治が厳しく、こわばった顔の表情の民族というのがニュースなどで形成されていた私のサウジアラビア人のイメージでした。
しかし、実像は異なりました。彼らの表情は明るく、ユーモアある発言も多かったです。
去年の春にサウジアラビア政府は石油依存体質から脱却する「サウジ・ビジョン2030」という成長戦略を発表しました。
数年ぶりに母国に一時帰国した彼らは、現地の写真を通じて社会の変革ぶりを誇り高く共有してくれました。
「我々の世代で必ず次の成長へとつなげる」という彼らの勇ましい言葉に感動しました。
果たして、同じ三十代の日本人が同じような想いを外国人の経営トップに発することがあるでしょうか。
日本社会では成長の限界があるが、そこそこ豊かな生活ができている。
だから、現状維持の安心安全があれば十分だという考えもあります。
確かに、日本は先進国です。でも、それは「先に進んでいる」という意味なのか。
それとも「先に進んだ」という意味なのか。日本は、まだ創設の時代なのか。
それとも、もう十分なのか。
渋沢栄一の答えは、現在でも変わらないと思います。
「我が国今日の状態は、姑息なる考をもって、従来の事業を謹直に継承して足れりとすべき時代ではない。」
(東商新聞2018年3月20日号 掲載)
<この記事に関連するサイト>
渋沢栄一 特設サイト|東京商工会議所
https://www.tokyo-cci.or.jp/shibusawa/

シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役
コモンズ投信株式会社取締役会長
<略歴>
複数の外資系金融機関でマーケット業務に携わり、2001年にシブサワ・アンド・カンパニー株式会社を創業し代表取締役に就任。07年にコモンズ株式会社(現コモンズ投信株式会社)を創業、08年に会長に就任。経済同友会幹事およびアフリカ開発支援戦略PT副委員長、UNDP(国連開発計画)SDG Impact運営委員会委員、東京大学社会連携本部顧問、等。著書に「渋沢栄一100の訓言」、「SDGs投資」、「渋沢栄一の折れない心をつくる33の教え」、他。
シブサワ・アンド・カンパニー
http://www.shibusawa-co.jp/index.htm